口腔ケアとは?高齢者の口の中に見られるトラブルと効果的なケア方法
「口腔ケア」とは、口の中を清潔に保つことで、口腔内だけでなく体全体の健康を保つケアのことです。この言葉が生まれた背景には、介護を必要とする高齢者数の増加という日本社会の現状があります。加齢とともに体の機能が衰えると、自力で口腔環境を整えることが難しくなるため、介護者が代わりに高齢者の口腔内をケアする必要が出てきます。
では、高齢者にとって必要な口腔ケアにはどのようなものがあるのでしょうか?
今回は、現在高齢者の介護に携わっている人に向けて、高齢者の口腔内の問題や、口腔ケアの効果とポイントについてご紹介します。
高齢者の口腔内には問題がいっぱい!
年齢を重ねると体にはさまざまな変化が現れますが、それは口の中も例外ではありません。高齢者の口腔内で起きている問題を見ていきましょう。
自浄作用が低下している
口の中には「自浄作用」があります。唾液の力で歯の表面や舌、粘膜に付いた汚れや細菌を洗い流し、清潔に保つというものです。しかし、身体機能が衰えて唾液の分泌量が減っている高齢者の口腔内は、自浄作用が低下している状態になっており、意識してきれいに保つ必要があります。
虫歯や歯周病が多い
加齢によって歯茎が下がり歯の根元が露わになると、そこから虫歯になりやすくなります。また、高齢者の口腔内は自浄作用が弱まっているため、本来は唾液で洗い流されるはずの細菌が増殖し、歯周病にもかかりやすい状態です。加齢による免疫力の低下も、虫歯や歯周病菌が増える原因の一つです。
治療跡や入れ歯が多い
高齢者は、虫歯や歯周病にかかった経験が多く、詰めものなどの治療跡が残っている人も少なくありません。また、歯周病で歯が抜けてしまい、入れ歯を使っている人も多いでしょう。詰め物をしている場合は、その下で虫歯が進行していることがあり、入れ歯を使用している場合は、入れ歯と粘膜の隙間に細菌が繁殖しやすくなります。
味覚が変化する
人は、舌の表面にある味蕾(みらい)という小さな器官で味を感じます。しかし高齢者の場合、口の中の自浄作用が低下しているため、舌の表面に舌苔が付きやすく、味を感じにくくなったり、味覚が変化したりすることがあります。また、偏った食生活による栄養不足も、味覚障害の原因の一つです。
口腔内が乾燥する(ドライマウス)
高齢になると、噛む力の低下や服用している薬の影響で唾液の量が減ります。唾液は口腔内を清潔に保つ役割がありますので、口腔内が乾燥する状態であるドライマウスは虫歯や歯周病の進行、また、雑菌の繁殖による口臭の原因になります。
口腔ケアとは
口腔ケアは、口の中だけでなく体全体の健康を維持するために必要なケアです。口腔ケアの重要性と種類についてお伝えします。
口腔ケアの重要性
口腔機能が低下すると、「噛んで味わう」「飲み込む」といった動作をスムーズに行えなくなるため、十分な栄養を摂取できません。栄養不足状態が続くと、運動機能の低下や認知症の進行、さらなる摂食障害につながる可能性があります。口腔ケアは、歯磨きや口腔内の洗浄で歯周病などを予防するだけでなく、摂食トレーニングや誤嚥性肺炎の予防といった高齢者の身体機能の回復につながる内容も含みます。口腔ケアを適切に行えば、高齢者に「おいしく食べる」という生きがいを取り戻すことができるのに加えて、介護をする側の負担を軽減させることもできます。
口腔ケアの2つの種類
口腔ケアには「セルフケア」と「プロフェッショナルケア」があります。
セルフケアとは、歯ブラシやフロス、歯間ブラシなどを使って自分自身で口腔内を清潔に保つことです。
一方、プロフェッショナルケアでは、歯科医師や歯科衛生士などの専門家が口の中と全身の状態を見て、より専門的なケアとアドバイスをしてくれます。ケアの目的は、歯石・細菌・汚れの除去、口腔機能の維持と回復、日々の食生活の改善などです。
口腔内と体の健康を保つには、セルフケアとプロフェッショナルケアの両方を取り入れることが大切です。
口腔ケアの効果
メリットが多い口腔ケア。ここでは、口腔ケアで得られる具体的な効果をご紹介します。
唾液の分泌を促進する
残留物や細菌で口腔内が不衛生な状態では、唾液が出にくくなり口の中が乾燥します。口腔ケアで口の中を清潔にすると、唾液の分泌が促進されます。また、歯ブラシなどで「唾液腺」を刺激することで、唾液腺の働きを活発にし、意図的に分泌量を増やすことにもつながります。唾液には歯や口の粘膜を保護したり、殺菌の成分が含まれているため虫歯や歯周病を予防したりする役割があり、唾液の量を増やすことは口腔ケアにおいて重要なポイントです。
感染症や発熱を予防する
口の中にいる細菌の中には、表皮感染症や食中毒を引き起こす「黄色ブドウ球菌」、呼吸器感染症を引き起こすおそれのある「肺炎桿菌」など、全身疾患の原因となる菌も存在します。口腔ケアをしっかり行わないと口腔内が菌の温床となり、感染症や肺炎にかかりやすくなることがあります。口腔ケアには、感染症や発熱の予防という効果もあるのです。
認知症を予防する
口を開けたり閉じたりして噛んで食べるという行為は、脳に酸素を送ったり刺激を与えたりするため、中枢神経を活性化し認知症を予防するといわれます。愛知県在住の65歳以上の健常者を対象に、2003年から4年間かけて行われた調査によると、歯が20本以上残っている人に比べて、歯がなく入れ歯も使っていない人は、認知症になるリスクが1.9倍も高いという結果になっています。
誤嚥性肺炎を予防する
嚥下(食べ物を飲み込むこと)機能が衰えると、食べ物や唾液が気管に入ってしまうことがあります。このとき、口腔内の細菌が肺に入って起こるのが「誤嚥性肺炎」です。口腔内の汚れや細菌を減らすことは、誤嚥性肺炎の予防につながります。誤嚥性肺炎は高齢者の命にかかわることもある怖い病気なので、しっかり予防することが重要です。
口腔機能の低下を防ぐ
高齢者は、「噛む」「飲み込む」「呼吸する」「話す」「表情を作る」といった口腔機能全般が低下しやすい傾向にあります。口腔機能が衰えると、十分な栄養が摂取できなくなり、免疫力の低下や摂食障害につながります。口腔ケアを通して口腔機能を向上・改善すれば、体全体の健康の回復が期待できます。
口腔ケアのポイント
高齢者の口腔ケアを行うには、どのような点に注意をすれば良いでしょうか。口腔ケアのポイントをご紹介します。
できることは自力でやってもらう
介護と口腔ケアの基本は同じです。高齢者の自立を促すためにも、サポートは必要最小限にしましょう。「歯を磨く」という動作は、手指を動かすリハビリにもなります。高齢者が使いやすい歯ブラシを準備して、できる限りのことは自力でやってもらうのがポイントです。口腔内は凹凸が多いので、仕上げや、磨き残しがないかどうかの最終チェックは介護者が行うようにしてください。
短時間で終わらせる
乾燥している高齢者の口腔内は、違和感を覚えやすくなっています。また、口の中を見られることや他人に歯を磨いてもらうことを不快に感じる人もいるでしょう。無理強いをせず、短時間で終わらせることが大切です。高齢者に気持ち良く対応してもらうためには、口腔ケアの必要性を事前によく理解してもらい、「歯を磨く=気持ち良い」と感じてもらえるようリラックスした状態で行う必要があります。
姿勢に気を付ける
口腔ケアをすると、唾液の分泌が活発になります。あごが上がった状態で口腔ケアを行うと水や唾液が肺に入り誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があるため、あごをしっかり引いてもらうなど安全な姿勢を整えてから始めるようにしましょう。
口腔内の様子をチェックする
ケアをしながら、口腔内の健康状態をチェックすることも大切です。歯の噛み合わせや虫歯の有無、歯茎や舌、粘膜の色や状態、口臭などを確認しておくと、トラブルの早期発見につながります。何か問題や異常が見られるようであれば、すみやかに歯科医師や歯科衛生士に相談してください。
口腔ケアの方法
高齢者のストレスをなるべく小さく抑えるために、口腔ケアの正しい方法をお伝えします。
歯の磨き方
歯ブラシは鉛筆と同じように持ち、歯茎にあたっても痛くない程度の力で磨きます。入れ歯を使用している場合は入れ歯を外し残った歯を磨きます。
1. 毛先を90度~45度の角度で歯と歯肉の境目にあてます
2. 細かく動かしながら1本1本ていねいにブラッシングします
3. 奥歯の溝や歯と歯の間は汚れがたまりやすいので、磨き残しがないように念入りにブラッシングしましょう
うがいの方法
うがいは、歯と歯の間を洗浄するイメージで行ってもらいます。
1. 水を口にふくみ、左右どちらかの頬を膨らませ口をブクブク動かします
2. 反対側の頬も同じように膨らませブクブクと口を動かします
3. 上唇と上の歯の間も同様に行います
4. 最後に口の中全体を膨らませてブクブクと動かしましょう
口腔清拭(せいしき)の手順
体を起こすことができない人や口に水をふくめない高齢者には口腔清拭を行います。
1. ブラシやスポンジ、指などにウエットティッシュやガーゼを巻き、口腔内の汚れを拭き取ります
2. まずは、上の歯と頬の間を奥から手前に向かって拭きます。奥まで指を入れ過ぎると痛みを感じるので注意しましょう
3. 次に上あごも同じように奥から手前に拭き取ります。
4. 下の歯と頬の間も同様に拭き取ります
※指を入れ過ぎると嘔吐反射を起こすおそれがあります。奥に入れ過ぎないように注意してください。また、乾燥が強い場合はいきなり清拭すると粘膜を傷つけて出血する可能性があります。そういった場合は最初に保湿ジェルなどで口腔内を湿潤させて行うようにしましょう。
入れ歯の扱い方
・入れ歯の外し方
入れ歯を口の中から取り出すときは、口の中を傷つけないように気をつけてください
1. 入れ歯を外すときは、下の入れ歯から外していきます。前歯を持ち、奥歯を浮かせて空気を入れるイメージで上にあげます。部分入れ歯であれば、前の方にあるクラスプ(歯にかけている金属のワイヤー)を上に持ち上げるイメージで優しく浮かせて外します。
2. 上の入れ歯を外すときも下の入れ歯と同様に前歯を持ち、奥歯を浮かせ、空気を入れるイメージで下におろしましょう
・入れ歯の洗浄方法
入れ歯をきれいに洗浄することで口腔内を清潔に保つことができます。入れ歯は凹凸が多くぬめりが出やすいため、入れ歯専用のブラシで洗浄すると良いでしょう。
また、歯磨き粉を使って磨くと研磨剤などで傷が入り細菌が繁殖するので、歯磨き粉も入れ歯専用のものを使うことをおすすめします。
1. 入れ歯に付いたぬめりや汚れを流水で落とします
2. ある程度の汚れが落ちたら、ぬめりが取れるよう入れ歯ブラシを使って細かい部分まで磨きます
3. 入れ歯を保管するための容器に水を張り、入れ歯洗浄剤を入れます
4. 入れ歯を浸し清潔になるまで待ちます
5. 入れ歯を取り出し、流水でもう一度入れ歯ブラシを使って磨きます。入れ歯洗浄剤とぬめりが完全に取れるまでしっかり磨きましょう
心身の健康につながる口腔ケア
加齢とともに噛む力や飲み込む力が衰えるのは自然なことですが、歯や口腔環境は、正しいケアでいつまでも健康に保つことができます。他人に口の中を見られたり触られたりすることに抵抗感を覚え、口腔ケアを拒否する高齢者もいますが、そのような場合は、最初から無理強いするのではなく、段階を踏んで少しずつ口腔ケアに慣れてもらうようにしましょう。
口の中が清潔に保たれ、口腔機能が回復すると、食べる楽しみや正常な味覚が戻り、体だけでなく心の健康にもつながります。高齢者の生活の質を向上させ、いつまでも元気に自分らしく生活してもらいたいものですね。
この記事の監修者
医療法人社団高輪会 人事部教育研修課
歯科医師 成平恭一 歯科衛生士 渡辺昭子 言語聴覚士 岡島雅美
公式HP:https://www.takanawakai.or.jp/
医療法人社団高輪会、昭和54年設立。
訪問歯科を中心とした医療法人で、全国の歯科医院に先駆けて専用の訪問診療車を導入するなど訪問歯科を積極的に運営。訪問歯科のほか学術研究に裏打ちされたノウハウと技術で、外来診療や審美歯科など幅広い歯科サービスを提供。人事部教育研修課はグループ従業員数歯科医師、歯科衛生士含め約650人の研修を取りまとめる。
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